2006年05月23日

2005/05/08〜02

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投稿者:木村哲也2005/5/8 22:37
◇以降は

 性格が変わってしまっている。
 十五号では、一叩人「鶴さんと戦争」以外は、一叩人『評伝反戦川柳人鶴彬』関連新聞記事の転載と、読者の声だけである。
 鶴彬の名が出てこない、政治記事の転載が多く占めるようになっている。
 それらは、またいずれ。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 22:33
◇『鶴彬研究』第十四号(十三号は未入手)

 1983年5月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

 喜多一二「新興川柳断片箇条書」[旧版全集未収資料、4段組]
 (一叩人「創作川柳はプロレタリア文学」)
 (呆亭悟六(二)B)
 (創作)
 一叩人「鶴さんとメーデー」
 (坂井つくづく子「想い出のメーデー」)
 (原爆の図丸木美術館増築完成)
 (中西ホクセイ「ある仮説へのプロローグ(一)」)
 (平和男「メーデーに想う」)
 [一叩人]「評伝 反戦川柳人鶴彬」[刊行予定遅延のおわび]
 (一叩人[佐藤冬児の書評]「林晴生『いけにえ―恐怖 免罪・梅田事件』」)
 「内海繁評論集―紹介」[一叩人か。「サムライ」という鶴彬の詩を送られた南竜夫が、この内海繁だと]

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投稿者:木村哲也2005/5/8 21:53
◇『鶴彬研究』第十二号

 1982年10月。
 B5版タイプ3段組、8ページ。

 中西ホクセイ「鶴彬に学ぶ」
 長谷川規美子「鶴さんの思い出」
 苔庵とぼけ老人「鶴彬寸描」
 (「鶴彬追悼」二十句)
 (創作)
 及川徒渉「鶴彬逝去の前夜的趨勢」
 佐藤冬児「四四年目の鶴忌に」
 (「一叩人から一言」)

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投稿者:木村哲也2005/5/8 21:47
◇『鶴彬研究』第十一号

 1982年7月。
 B5版タイプ3段組、8ページ。

 一叩人「鶴さんの死について――鉄面皮な出鱈目」[『川柳はこだて』376号掲載記事の伝記的誤りの指摘]
 田中やなぎ「鶴彬の碑とローマ字」
 (沢井竜毛「詩の大衆化のために」)
 (会員作品)
 火狭正博「廉価版[圏点三文字]『鶴彬全集』のすすめ」
 (工藤飄児「国営靖国神社」)
 一叩人「鶴彬と反戦川柳 作品の今昔的意義」

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投稿者:木村哲也2005/5/8 21:17
◇『鶴彬研究』第十号

 1982年5月。
 B5版タイプ3段組、8ページ。

 (田中やなぎ「川柳と反核運動」)
 一叩人「反戦マーク」
 菅原彪「鶴彬川柳碑建立と反戦マークの是否」
 (一)「たいまつ社 不正出版」
 (会員作品)
 乱鬼龍「鶴彬川柳碑 建立の意義を考える」
 一叩人「生きていた『丸太』――鶴彬作品に学ぶ」[他誌で削除にあったものを全文掲載]

 ※ ↓は、8ページの誤り。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 21:08
◇『鶴彬研究』第九号

 1982年1月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

 (鶴彬川柳碑)
 (中西ホクセイ「建碑の朗報」)
 小沢信夫「鶴彬と井伏鱒二」
 (木島始「手」[詩])
 (会員作品)
 谷村直雄「鶴彬軍事裁判の憶い出」
 (一叩人「弁護士、谷村直雄先生と」)
 及川徒渉「鶴彬の今日的特質」
 沢井竜毛「大胆に、芸術的に」
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡《7》」
 (工藤飄児「日本本土決戦一億全滅)

 ※ ↓は、第八号の誤り。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 20:59
◇『鶴彬研究』第七号

 1981年10月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

 (第五回鶴彬祭挙行さる)
 佐藤岳俊「鶴彬墓前祭から」
 (献句)
 (鶴彬川柳碑建立敷地)
 (会員作品(1))
 毎文子「鶴彬の書かれなかった評論」[遺稿]
 (一叩人、西沢比恵呂「毎女…追悼」[川柳])
 (毎文子川柳遺作集)
 鶴彬研究会「反戦川柳人・鶴彬について」[無署名ながら、毎文子の絶筆]
 (佐藤冬児「『地団駄はふめない口惜しさ』」)
 (会員作品(2))
 (一叩人「二転→三転→」)

 ※ ↓は、1981年の誤り。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 20:49
◇『鶴彬研究』第七号

 19801年7月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

 澤井竜毛「低辺の詩」
 (工藤飄児「日本の脅威」)
 佐藤比左良「鶴と大力」
 (会員作品)
 佐藤冬児「鶴彬のみた石川啄木」
 一叩人「とりあえず」[鶴彬研究会の東京への移動]
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡《6》」
 西澤比恵呂「鶴彬を知って」
 (一)「献句が絶筆 渡辺尺蠼氏逝く」
 田中やなぎ「鶴の手錠」
 (松井英夫「目高のこと」)

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投稿者:木村哲也2005/5/8 20:34
◇『鶴彬研究』第六号

 1980年12月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

一叩人「鶴さんの三つの作品」
 (会員作品)
 (乱鬼竜「川柳の右傾化と我々」)
 (佐藤岳俊「闇から歩いてくる光――人間・織田秀雄」)
 「お知らせ」[毎文子による、旧版全集未収録作品情報]
 鶴彬「繭」[旧版全集未収録川柳七句]
 一叩人「「記録」から「全集」へ――増補改訂を新書版で」
 (第四回墓前祭)
 (詩、佐藤岳俊)
 (第四回鶴彬忌墓前祭献句)

 ※ ↓の鶴彬の詩は、正しくは「人間の出来事」。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 20:23
◇『鶴彬研究』第五号

 1980年5月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。

 毎文子「記録文学としての川柳の役割」
 一叩人「鶴彬研究読書会創設を提唱す」
 一叩人「鶴研ノート」
 高橋竜平「鶴彬の諷刺(四)」
 喜多一児「人間の出来」[旧版全集未収録詩。なぜか新版全集になし]
 (乱鬼竜「”世界有事の時代”と川柳」)
 (会員作品集)
 勝目テル「鶴さんのこと」
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡《5》」
 (鶴彬「しゃもの国綺憚」)
  ※旧版全集で読める鶴彬の作品は( )とする。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 20:09
◇『鶴彬研究』第四号

 1979年12月。
 B5版タイプ3段組、10ページ。
 
 一叩人「鶴彬研究の今後」
 吉田成一「鶴彬と長沢佑(一)」
  [長沢の長い詩の引用が主]
 (雨中墓前祭記)
 (生誕七〇年鶴彬墓前祭献句)
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡《4》」
 (作品 高橋竜平、佐藤岳俊)
 (こだま)
 高橋竜平「鶴彬の諷刺(三)」
 喜多一児「或るローマンス」[旧版全集未収録詩。なぜか新版全集になし]

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投稿者:木村哲也2005/5/8 19:51
◇『鶴彬研究』第三号

 1979年5月。
 A4版タイプ2段組、29ページ。
 
 関水華「鶴彬この一句」
 斉藤大雄「鶴彬と田中五呂八」
 秋山清「鶴彬のこと@」
 (鶴彬忌四〇回忌墓前祭献句)
 (作品 高橋竜平、吉田成一)
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡(3)」
 高橋竜平「鶴彬の諷刺(二)」
 (鶴彬作品五句)
 (鶴彬「川柳の正しい発展に就て」
   [旧版全集未収録作品増補])

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投稿者:木村哲也2005/5/8 19:38
◇『鶴彬研究』第二号

 1978年9月。創刊号は4月。
 創刊号同様、B5版のガリ版3段組。今度は10ページ。
 ( )は直接、鶴彬と関係のないもの。
 [ ]は木村の解説。

 一叩人「真の川柳創作のために」
 (創刊号のこだま)
 (作品 吉田成一、高橋竜平)
 高橋竜平「鶴彬の諷刺」
  [坂本幸四郎『雪と炎のうた』批判]
 (同人雑誌「川柳人」関係者の検挙 太平出版社の本からの転記)
 (作品 佐藤岳俊)
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡(2)」
 (作品 森田一二)
 (鶴彬六句)

 鶴彬でない人の創作が、二段などむしろ大きなスペースを占め、個人的には違和感あり。

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投稿者:木村哲也2005/5/8 19:28
◇『鶴彬研究』創刊号

 1978年。ガリ版刷りで6ページの小冊子。
 だからでか、国立国会図書館になし。よそで高いコピー代。
 レザックの表紙さえついていれば、納本可、というのもわかるが。

 さて、ケンカ内分裂までは、後の並みの単行本より読みであり。
 収録のタイトル一覧を掲げる。
 佐藤冬児「鶴彬とその時代」
 一叩人「九・一四の金字塔」
 高橋竜平「岩手の鶴彬」
 吉田成一「鶴彬研究はじめに」
 佐藤岳俊「鶴彬の軌跡」
 (鶴彬六句)

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投稿者:木村哲也2005/5/7 17:36
◇鶴彬の名の由来

 剣花坊の娘の鶴子から、が定説だが、そうではない、という人もいるという。
 「どうでもいい」とまでは言わないが、小生としては、検証できず、あまり関心はない。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 17:34
◇深井一郎「反戦川柳作家鶴彬にふれて」

 『神奈川大学評論』39号、2001年。
 地元での「鶴彬をたたえるつどい」の報告から始まる。
 地元長老の私製年譜が出てくるが、旧版全集の年譜に生かされているのかが気になった。
 3ページ半の、作品を織り込んだ略伝である。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 17:14
◇本康宏史「川柳で抵抗した鶴彬 国策で協調の暁烏、永井」

 『ふるさと石川歴史館』北國新聞社、2002年。
 先の紀要に出てきた記事と、連関あり。

 なお、↓の項、記事にはないが、途中で頓挫した、と深井の証言あり、と。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 17:09
◇頓挫した英訳

 北國新聞、2001年10月5日に、「反戦の川柳 米大の教材に」という記事がある。
 鶴彬の著作で地元の賞も受けた深井一郎の助言あり、という。

 だが、記事には妙なところも。
 「骨」を「ホネ」ではなく「コツ」が正しい、ということが助言の例、というが、どの句のことか。
 「骨」が出てくる句は以下のとおり。

 牛の骨、歯ブラシの柄となる因果 (大十五、12)
神をきく椅子に尾骨のうづきけり (大十五、5)
草の根の吐息にふるゝ骨の壷 (#二、3)
グラインダーの蒼い火花に徹夜続きのあばら骨 (十一、7)
骨壺と売れない貞操を抱え淫売どりの狂ふうた (#十二、9)
地主になるのぞみの果ての骨となり (十、9)
胎内の動きを知るころ骨がつき (十二、11)
鉄骨の伸びる打鋲の遠ひびき (*?)
鉄板背負ふ若い人間起重機で曲る背骨 (十一、12)
仏像の封印切れば犬の骨 (*三、4北陸。三、4氷原)
文明とは何骸骨のピラミッド (三、2)
骨を噛む小猫の牙にふと怯ゆ (大十五、4)
骨を噛む仔猫の牙にふとおびゆ (大十五、5)
をんどりみんな骨壺となり無精卵ばかり生むめんどり (#十二、9)

 残念ながら、該当作は見当たらないが。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:51
◇秋山清「反戦川柳人鶴彬の記録と一叩人命尾小太郎」

 『新日本文学』1975年10月号。
 以前にも鶴彬のことを書いた、秋山清による、ガリ版全集刊行を称える文章である。
 『鶴彬の記録』全3巻が、ガリ版全集の正式名称である。
 ただし、たいまつ社版全集でもあれほどの誤記があるのだから、情熱はともかく、内容は、特に今となっては、見る意味があるとは思いにくい。
 しかし、旧版全集もないころに、すでに鶴彬について書いていた秋山には貴重な資料であったことが、ひしひしと伝わる文章ではある。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:38
◇『俳句研究』32巻2号

 昭和40年。
 以下のように、鶴彬関連記事。
 壺井繁治「鶴彬と現代」
 佐藤冬児「鶴彬は今も生きている」
 横山林二「川柳リアリズム宣言」
 石原青竜刀「鶴彬作品の不滅の光」
 いずれ、それぞれをまた。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:29
◇「鶴彬への旅」木内稔

 『社会評論』10号、1996年。
 上演作品の創作ノート。
 上演台本の巻末の参考文献にしてもそうだが、幅広い資料に目を通しておられる。
 まずはとりあえず。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:25
◇「大正期の仏教と民衆文学」宮本又久

 副題が「暁烏敏と喜多一二」。
 金沢大教育学部紀要、1977年。
 「喜多一二」でふれられたものあり、とは驚き。
 作品にもふれているが、またいずれ。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:16
◇句の真偽

 『石川県高松町史 第6章』(刊行年不明)の「人物追慕」の鶴彬あり。
 6句あるが、以下の2句は新版全集にもなし。
 どう判断すべきか。
 
 黄菊白菊みづほの土を吸った色
 立ち枯れる稲穂を踏んで大演習

 なお、以下のような句もある。

 枯れ柴よ 団結をして春を待つ

 以下に、新版全集の形を掲げる。

 枯れ芝よ! 団結をして春を待つ

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投稿者:木村哲也2005/5/7 16:07
◇「鶴彬の未収録句その他について」木内稔

 1995年。
 
 パンと妻奪ふスイッチに手がとゞき

 例えば上の句が、旧版全集に未収録、との指摘。
 はたして、新版全集は「奪ふ」でなく「奪る」。
 中八でない、新版全集を信じたい。新版全集は、原典に全部当たった、ともあるし。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 15:58
◇未発表句

 1996年に、鶴彬の演劇を上演した(いずれ詳述)木内稔による未発表原稿かの「留置場の鶴彬」に、数句。

 血を吐いた同志の跡に坐らされ
 泥棒と抱き合って寝る寒さかな

 以上は初見。新版全集等にもなし。
 事情を木内はいろいろ書いているが、確かに編者の澤地に不可解なところなしとはしない。

 いずれ死ぬ身を壁に寄せかける
 鉄骨の伸び打鋲機の遠ひゞき

 この2句にも言及しているが、新版全集には「事情説明つきで」載っている。

 あわれともいうべきものは留置人冬から冬にいると思えば

 これも鶴彬作というが、真偽は別としても、まあ、扱わなくてもいいだろう。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 15:38
◇高松町 北部応援歌 作詞 鶴彬

1 松のみどりと 白砂(しらた)への
  真(ま)さごの町に 花と咲く
  波の いさみを 身に受けて
  北部選手は 今立てり

2 真夏の空は 高けれど
  我らの意気は なお高し
  空百熱(そらひゃくねつ)の 日輪(にちりん)も
  北部選手の 気にひくし
  
3 五尺の体 あかがねぞ
  かたき決意は くろがねぞ
  勝たずばやまん 足どりに
  北部選手は 意気高し

4 あゝ矢はつるを はなたれり
  とぶもかけるも とうきても
  我等におよぶ なにありや
  北部選手の 意気をみよ

5 グランド高く 優勝の
  旗やほこりに 輝やけり
  王者のほこりに 輝やけリ
  北部選手は 今勝てり

 町民対抗運動会の歌。なぜか、新版全集にも収録なし。

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投稿者:木村哲也2005/5/7 2:18
◇左利きで
 
 スポーツマンだったという鶴彬。
 こういうことは、個人的には「どうでもいい」。
 ともあれ、多くの資料をかついで、仙台を後に。

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投稿者:木村哲也2005/5/5 4:41
◇「ある諫言」

 『鶴彬研究』33号、1988年2月。
 匿名投稿。
 14〜16号は、目下手もとにないが、17号からは、昨晩述べたような切り抜き転載記事が多い。
 鶴彬研究会の内部分裂で、すっかり看板に偽りあり、となった『鶴彬研究』の購読中止の表明、が内容。
 小生の一叩人不信は、あながち的外れでもなかったな、というのが偽らざる印象。
 しかし、こういうことの調査は、もはや文学ケンキュウではない。

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投稿者:木村哲也2005/5/5 4:30
◇不正出版

 『鶴彬研究』10号、1982年5月。
 物騒な見出しである。
 旧版全集の版元、たいまつ社が、旧版全集1000部、『新興川柳選集』200部を不正出版、と。
 印税等を払うつもりなく、著者にこっそり売って、版元のもうけにしようとした、と解釈する。
 あまり知りたくない事実だ。
 少なくとも、「書誌データ」にふれなければならない内容とは思わない。

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投稿者:木村哲也2005/5/5 4:22
◇火狭正博「廉価版(圏点三文字)『鶴彬全集』のすすめ」

 『鶴彬研究』11号、1982年7月。
 旧版全集の7000円は高いので、と。
 ほぼ、わが意を得たり。
 旧版全集刊行時の1977年は、大卒初任給が8万程度だったのではないか。
 6号で一叩人が言っている、増補改訂新書分冊は、やや意味がわからないが、句をまとめ、お手ごろ価格で、というのが、今秋刊行予定の、小生の全句集の狙いである。
 書誌データなどもおまけでつくが、という感じである。
 現在は、新版全集も絶望的に入手不能、一叩人の全集は間違いだらけ、他でも、鶴彬の句をまとめて読むことはできない。
 まずは句を読もう、全集の復刻はしなくても、という考えの小生には、ほっとさせられる記事だった。
 
 さて、会報の中でも、鶴彬自身に関する評論は、存在だけでも、新刊に増補したい。

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投稿者:木村哲也2005/5/4 22:01
◇妙なところから

 『鶴彬研究』は、B5版の冊子。
 1983年2月の13号を見ると、内部分裂の様子が詳細に書かれている。
 鶴彬に失礼かは置くとして、そんなものが鶴彬の資料と呼べようか。
 『一叩人通信』というほどのものであろう。
 もちろん提供者に失礼な意味で言っているのではない。
 
 前のほうの号はもっとまっとうだが、後のほうの号は、反戦記事の転載ばかりで、鶴彬を探すのが大変なほどだ。冗談ではない。
 詳述は別途として、分裂前での、気に入ったところをまずは紹介したい。

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投稿者:木村哲也2005/5/4 21:39
◇仙台着

 マスターも市原正直さんも知り合いという、俳人の渡辺誠一郎さんの元同僚でやや年長の親友の、田中利昭さんに初めて会った。
 5/3に紹介の資料のうち、AやBの多くは明日。
 今日は、幻の(?)『鶴彬研究』の46号(最終号?)までの大部のコピーをいだだき、ざっと目を通した。それは追って別項で。
 それ以外では、木内稔という人が1996年に上演した、鶴彬の演劇の台本の最後の文献目録に恐れ入った。
 緊急手配して、増補しなくてはならない。

 だが、新著の刊行見送りの必要まではなさそうだ。
 あくまで両全集の解題を兼ねた、全句集なのだから。

 変わり者の小生があえて言えば、田中さんもかなりの変わり者だが、それ以上に、まずはとても親切な方であるのは確かだ。

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投稿者:木村哲也2005/5/3 11:23
◇宇部功『子どものこころ五七五』

 新葉館出版、2004年。
 鶴彬を小学校の授業で教えての、子どもたちの感想、ということで興味深いが、それだけに、何を教材にどのくらいどのように教えたのかが示されていないのが、残念すぎる。
 資料をたくさんコピーして、ではわからない。
 原作より、時代背景優先だったのかな、というのが率直な感想。
 こういう感想で、媚びないのが鶴彬流と愚考。
 恐々謹言。

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投稿者:木村哲也2005/5/3 11:12
◇(続き)

B 新聞記事・その他
1)高松図書館 所蔵鶴彬関連所蔵資料一覧
2)鎌倉文学館 大石鶴子(長女・小林由美子)寄贈資料一覧
3)高松町北部応援歌(作詞・鶴彬)
4)「平成16年度 第9回 鶴彬川柳大賞選考結果」
5)『手と足をもいだ丸太にしてかへしー鶴彬の生涯』演劇台本 グループ演劇工房
6)同上ビデオテープ
7)「鶴彬をたたえる集い」各回まとめ
8)「鶴彬をたたえる集い」関連新聞記事
9)「鶴彬をたたえる集い」関連テレビニュース等ビデオ
 7)〜9)は鶴彬顕彰の石川での命日ころの句会、とのこと。

 Aにわくわくし、Bはどのようなスタンスで行くか検討中。

 なおも、所在不明の資料が以下のとおり。

 「反戦川柳――鶴彬の作品と現在――」一叩人、『目黒文芸』5号、1966年6月
 「鶴彬川柳作品の今日的意義」一叩人、『どさんこ』2号、日本民主主義文学同盟室蘭支部機関紙、1969年5月
 「評論――反戦と革命の詩人――つる・あきら」牛尾絃二、松本芳味、『飛魚』5号、日本民主主義文学同盟東京港湾支部、1972年8月
 「『川柳人』に現れたる喜多一二のあしあと」(連載)渡辺尺?、『川柳人』(1973年前後、500号前後)
 「鶴彬・研究ノート」岡田一と、『和』76号、1970年5月
 「 」、(題と著者不明)、『社会評論』102号、1996年4月

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投稿者:木村哲也2005/5/3 11:11
◇新情報の資料

 仙台の方からの情報を転載し、若干コメントします。

@ 単行本の類
 1)『石川近代川柳史』 奥美瓜露・著 川柳甘茶クラブ 1989年10月
 2)『子どものこころ五七五』宇部功・著 
入荷済み。
  すぐにも後述。
 3)『縄文の土偶』 佐藤岳俊・著 青磁社 1984年11月 新葉館出版 2004年2月
  在庫確認し、発送中。
 4)『石川近代文学史』別巻20 
 5)(木村所蔵と重複の1冊略)
 6)『ふるさと石川歴史館』 北国新聞社発行 2002年6月
 7)『現代川柳ハンドブック』 尾藤三柳・編
 8)『川柳総合事典』(新装版) 尾藤三柳・編 雄山閣出版 1996年8月
  7)8)は木村も所蔵か? また、この手のは、どこまで追求するかである。
 9)『現代川柳の鑑賞』 山村祐・坂本幸四郎著 たいまつ社 1981年12月

A 雑誌・句誌類
 1)「大正期の仏教と民衆文学 −暁烏敏と喜多一二−」 宮本又七・著
               『金沢大学教育学部紀要』 第36号 1977年
 2)「鶴彬と現代」 壺井繁治・著 『俳句研究』1965年2月25日
 3)「鶴彬はいまも生きている」=鶴彬の作品と現代 佐藤冬児・著 同上
 4)「川柳リアリズム宣言=ある日の鶴彬」 横山林二・著 同上
 5)「鶴彬作品の不滅の光」 石原青竜刀・著 同上
 6)「川柳作家 鶴彬にふれて」 深井一郎・著 『神奈川大学評論』Vol39・2001年
 7)「種田山頭火と鶴彬」 佐藤岳俊・著 『川柳はつかり』
 8)『鶴彬柳集』 佐藤岳俊・著 『月刊川柳マガジン』2002年8月号
 9)『鶴彬 反戦平和を叫び続けた川柳作家』 佐藤岳俊・著 同上2003年8月号
 10)『反戦川柳人鶴彬の記録と一叩人命尾小太郎』 秋山清著 (出典不明)
 11)『鶴彬への旅 −『手と足をもいだ丸太にしてかへしー鶴彬の生涯』
           集団創作ノートから』 木内稔・著 「社会評論」1996年4月
 12)『留置所の鶴彬』 木内稔・著 「社会評論」1996年4月
 13)『鶴彬の未収録句その他について 木内稔・著 「社会評論」1996年4月
 14)『鶴彬句集』抜粋
 15)『憲兵資料に見る反軍運動』 
 16)『鶴彬研究』bP(1977.4)〜46(1991年5月)
          途中、18、同20、同22、同26、同28、同32欠

 (続く)

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投稿者:木村哲也2005/5/2 10:14
◇持っていなかったものも

 『鶴彬研究』以外で、増補しなくてはならないものは多くないようだ。
 ただ、存在自体を知らなかったものもあった。
 多くは、存在は知っていて、入手不能だったもの。強がりでなく。

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投稿者:木村哲也2005/5/2 1:21
◇意外と持っていた小生

 仙台の方とのすりあわせでは、失礼ながら意外と先方が持っていないことが判明した。
 石川県の図書館で所在も知らないものもあるのでは、という、僭越な感触も。
 もちろん、『鶴彬研究』のように、全く持っていないものもあるが、それはわくわくしながら仙台に見に行きたい。
 なお、所蔵の資料は、当ブログで紹介し、新著に収める。意義あるものであるようだ。

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この記事へのコメント
鶴彬のことを調べていてここにたどり着きました。ひとつ質問させてください。

胎内の動きを知るころ骨がつき

この句は、原典である『川柳人』1937.11には、

胎内の動き知るころ骨がつき

として掲載されています。
多くの川柳本で、なぜ「動きを知るころ」と中八に変わってしまったのか疑問です。
一叩人の誤写によるものが広まったせいかとも思いますが、木村さまはどのようにお考えでしょうか。
お聞かせいただけると幸いです。
Posted by 正木斗周 at 2011年06月02日 15:35
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