2006年05月23日

2005/02/16〜01

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投稿者:二健@tengu2005/2/16 4:55
◇次なる目標

いよいよ「鶴彬全集繙閲」の終結。ご苦労様でした。筑紫磐井氏の大著二巻は、定型詩学のエンサイクロペディア的書物なので、読書の対象とされたこと事態に敬服しました。始めから終わりのない旅のようなもので、その金字塔に立ち向かうドンキホーテ伯爵に従う痩せ馬ロシナンテになれて幸甚でした。それとも本業は農夫の従僕サンチョパンサでしょうか。いずれにしても、振り向くと殆ど誰も付いて来ませんでしたが、結構な道行で十分な攻め甲斐がありました。一所に拘っていると限りある戦力を消耗しますので、次の目標に向かいましょう。新しいスレッドを起こしますか。気の効いた題も考えましょう。芭蕉と曽良に例えた方が良かったかな?
 「狂句木枯の身は竹斎に似たる哉  芭蕉」

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投稿者:木村哲也2005/2/15 14:32
◇間もなく脱稿

 磐井さんのほうは、緒についたままで、まだまだまだまだ読まねばならないが、鶴彬のほうは、脱稿寸前である。
 ブログで、連日書き続けるに及ばず、いったん休筆するm(__)m

 準備ができ次第、橋本夢道や原子公平について、ブログで書くことにしたい。

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投稿者:木村哲也2005/2/14 19:06
◇こういう詩のほうが

毛断娘(上) 【『北国新聞』昭和二年十月十三日】
……もだん[圏点三文字]、がある[圏点三文字]、と/読んで下さい……/ (この一篇を和田龍一君に贈る)
A/あなたは/二十世紀を肯定する/勇敢なる唯美主義者だとおっしゃるが/何といふ/翼の小さい/ロマンチストなんでせう/あなたは/雌鶏といふヱセ[圏点二文字]ロマンチストと/あなたと/よく似てゐることを御存じ?/あなたはその怪しげなロマンチズムの結論として/めん鶏のやうに卵でも生むでせう
B/あなたはすぐに/(あたしこれでもサラリイメンよ)/と威丈高になっておっしゃるが/あなたのサラリイは/靴下と化粧品とでつきてしまふことを/僕はよく知ってゐますぞ/もちろん/地下室で貞操を販売しての人生創造論も/二十世紀的なネオ筋肉労働者の創案した哲学でせう/けれども/あなたはそのため/あの白々とした肉体に/無数の紫色の斑点を得ましたぞ/(日曜のあなたは老人が寺院に行くやうに花柳病科の門をくぐりますね)

毛断娘(下) 【『北国新聞』十月十六日】
C/あなたは/心臓で恋をした/昔の日本娘を軽蔑されるが/あなたの『唇の恋』の哲学は/哀れなトツカピンニストの道化ぶりとして/あなたたちの先輩は冷笑してゐますぞ/(二十一世紀には心臓の恋が復活すること/予言してその先輩は死にました)
D/銀座のともしびの咲き乱れる頃/華やかにペーブメントの上に現れる/あなたは/今、貞操を売払って来た地下室の隣室の/うすくらひランプの下で/ひそやかな/コツコツコツとした/あの物音がきこえなかったでせうか/あの物音は僕らの同志が/人類のために明日の太陽を作成する物音ですぞ
『銀座小印象』
今宵の銀座のときめきは/剣げきダンスの名手Hが/十一吋のズボンをうがち/鳥打を三十五度にかたむけて現はれたかれです/銀座の書店は/『大蔵教全集』の売り出しです/(完)/(この一篇を金谷狂光君におくる)

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投稿者:木村哲也2005/2/13 17:37
◇差別的な詩(掲載に他意なし)

[詩] 【『北陸毎日新聞』昭和二年十月十六日】

朝/水道の水を含むと/しみじみ/山丘の秋を感じた
朝鮮人
働いて働いて/泥だらけの金貨握って/夜店の腐ったバナナで性慾を製造し/淫売買ひに行く/それだけです/    九・一六.東京にて

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投稿者:木村哲也2005/2/12 15:20
◇こんな詩もあります

朝刊の憂鬱 【『北陸毎日新聞』、昭和二年九月十八日】
透明な初秋の朝/上野駅におりた/朝刊は/三万の/失業者を報じた

(浅草で) 【『北国新聞』、九月二十三日】
性慾の上に/オランダの更紗の衣をつけたのが夜の浅草です
  ×
幻怪なともしびビデオ/交錯するカフエーに/辻潤が物憂い顔付きで/コクテールをなぶり/地球を西瓜のやうに/パクリとわったらと/まじめに考へている

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投稿者:木村哲也2005/2/11 18:18
◇『鶴彬句集』を読む

 初期篇は、新聞掲載のものは載っていない。
 表記上の乱れはあまりなし。
 初出形を優先掲載の感じ。
 筆名にこだわっているのは悪くはないが、作品の理解には関係ないと愚考している。

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投稿者:木村哲也2005/2/10 13:08
◇↓の5句

 最初の句は、以下のような類想句がある。

 仏像を爪(つま)んで見ると軽かった (*「北国柳壇」大正十四年四月二十八日)

 2番めの「廃兵の曰く 片足五十銭」という句は、11年9月、と自作の索引データにヒットしたが、全集になぜか見当たらず。???

 3番めの句は、「地平線」はともかく、「蛇」の出る句は、鶴彬にはない。

 後の2句は、最晩年の代表作の以下を思わせる。

 万歳とあげて行った手を大陸へおいてきた
 手と足をもいだ丸太にしてかへし

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投稿者:木村哲也2005/2/9 18:11
◇『鶴彬句集』

 岡田一と、和川柳社、1987年。
 後期作品から前に収録し、ダブりも抜いた、というもの。
 ただし、大正14年5月より前のは収録されていない。
 あとがきにある、俗説では鶴彬の句、というのがなぜか興味深い。

 仏像はつまんで見たら軽かった
 廃兵の曰く 片足五十銭
 地平線蛇はどこまで這うてゆく
 万才とあげた両手を大陸に置いてくる
 大陸は丸太ン棒にして帰し

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投稿者:木村哲也2005/2/8 19:13
◇石川近代文学館『近代川柳』

 どこの句碑か、というのが、さすが地元ならでは。

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投稿者:木村哲也2005/2/7 13:58
◇「評論ダイジェスト」作成中(^.^)

 「俳句天狗」の「つるべん暴走機関車」を、PCに取り込んでいる。
 新版全集で、確かに「異同」はあるが、今のところ、論旨にかかわるほどのものはなく、また、大きく書き直しが必要なものもないようだ。

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投稿者:木村哲也2005/2/6 14:54
◇鶴彬の詩の量

 概算で、活字にして川柳の半分。
 半分もある割に、半分も印象には残らないが、存在を知っておく必要はある。

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投稿者:木村哲也2005/2/5 10:40
◇鶴彬の反論

 木村半文銭への反論は、詩にされている。長いが、そのまま掲げる。

川柳の神様のヘド ――うやうやしく木村半文錢にさゝげる―― 【『火華』二十四号、十二年三月一日】
一九三七年!/川柳の神様がヘドをついた。/一人の不逞悪徳な背教者が/神様にとって「非合理的な」論争を吹きかけ/鼻持ちのならぬ卑俗な/「悪作」「愚作」を食べさせたために――。
この不幸な川柳の神様の名は木村半文錢!/この憎むべき背教者の名は鶴彬!/かつてより美の女神の使徒として/川柳の中につかわされた聖半文錢に/ひざまづいてゐる中の鶴彬めは/全く「頭の冴えた合理主義的」な/「尊敬」に価する「将来を嘱望」するに足る/天なる聖き川柳のしもべであったが/その後不幸にして/不信な大衆の悪魔に魅入られ/勤労するものゝ真理のために/神様の間に折ってゐた膝をのばした瞬間!/忽ち「気違ひ」の「洵に哀れむべき」/ユダのレッテルを貼られ/川柳の楽園を追放された。
笑ふべき喜劇よ!/こゝでは何よりも/神様の思召に背くことがいけないのだ/いやそれが神様の「論理」といふものだ/それで、不信なる大衆に身を売ったユダは、/川柳における人民のためを強調したゝめに/あたかも天動説をくつがへした地動説がはりつけに/あわされたやうに/手もなく/「尊敬すべき使徒」の祭壇から「軽蔑すべき悪魔」/のどん底へつきおとされてしまふのだ/あゝ多数のための「真実」よ/銀紙貼った銅貨のやうな/少数のための「真実」が/お前のかわりに横行しようといふのだ
ところで、われわれは/かの世界の造物主の智慧が/人類の創造した智慧の総和以上でない事を/不敬にも知ってゐる/然し神が人類によって創造された/人類の姿態をそなへた/人間のあらゆる知能を象徴する/一個の偶像と見るときに/それはまさしく人類最大の傑作に他ならぬ/じつに神の偉大さ気高さは/人類の偉大さ気高さに正比例するからだ

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投稿者:木村哲也2005/2/5 10:38

だからいまこゝに/川柳の神様聖半文錢の智慧が/たとへ春山行夫のポエジイ論の/透き写しであるにせよ/またその作品の文字の横たほしや/もんどりを切る芸当や/同一単語のへどもどしたくりかへしやが/かつての萩原恭次郎や高橋新吉らの/未来主義やダダイズムの詩の技術に/生き写しであったとしても/われわれは/決して神様の尊厳さや神聖さを/疑ふものではない。/こんな数々の詩の理論や技術から/はるかに立ちおくれてゐる川柳の世界へ/それを啓示するものとして/神様に感謝を捧げねばならぬ/あゝわが賢明なる川柳の神様よ!
しかしわれわれは/こゝにわが川柳の神様に対して/愚かなる懐疑の告白をためらふわけにはゆかない/といふのは/もしこゝに世界の造物主が/土をこねて/まんまんたる大洋をつくり出さうとするならば/いや川柳の神様が/質流れのポエジイ論や/長詩のふるぼけた技術をもって/新しい川柳をつくらうとするならば/結局詩でも俳句でも川柳でもない/化物短詩が/うぶごえをあげるにすぎないといふことについて――/そして川柳の神様の神聖な祭壇は/つひに化物短詩のヂャンルへ/ひっこしせねばならなくなる必然性について――。/われわれのうちの一人の同志は/いま川柳の神様にむかって/批判の矢を放つよりも/むしろその現実精神を喪失し老衰した肉体へ/ホルモン注射を試みることが/はるかに有効だと教へてくれた/まったくそのとほり/事実は放った批判の矢よりも/正確であった。

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投稿者:木村哲也2005/2/5 10:36

大衆!!/それは上げ潮にたどりついたゴミであり/また一山十銭の腐った山積みみかんにすぎない/こうも考へてゐる聖半文錢にとって/われわれが/われわれの川柳の花園の土壌について/未来について/何べんくりかえしても/耳に入らなかった/そしてかわりに/われわれの川柳の未熟さや現実の小汚さを/裏長屋のおかみのやうに口を極めてののしりまくり/それでまだたらず/ぐわっと臭いヘドを吐いた/神様の衰弱した胃袋は/レアリズムを消化しきれず/つひに敗北したのである。
然しさすがは神様のことである/とっさの間に驚嘆すべき/新式の論争の方法を創造した/たとへば/鶴彬の「愚作」「悪作」ぶりは/トルストイの作品とくらべものにならぬ故/トルストイの真理に就いて/語る資格がないとか/また鶴の時事吟が/新聞のニュースの翻訳であり/また間のぬけたほどに/おくれた報告的ニュースである故に/てんで話しにならないとか。/あゝもし鶴の作品が/トルストイを凌ぐやうならば/何を苦んでトルストイを学ぶ必要があらう/何を物好きに/半文錢ごときケチな川柳の神様を/相手にとって争ふ必要があらう/またわれわれが/すくなくとも社会的時事の真相を/新聞や雑誌によらないで知り得る/魔法を心得てゐたら/それこそ逆に新聞社へニュースを/売り込んで歩くだらう/新聞の報道が真実を穿ってゐる場合/われわれはこの真実をゆがめることは/作家として罪悪だと思ふ/川柳の神様よ/あなたの魔術をもって/われわれが「ノロノロした月刊雑誌」などで/月おくれな川柳ニュースを/発表しないですむやうな/われわれが自由にふるまひ得る/「日刊新聞」とかを/貧しいわれわれに与へたまへ!
あなたは/「過去三十年に亘って」/川柳でさまざまな苦しみをなめて来/その間を/「高い笑ひや鋭い諷刺や/寸鉄殺人的穿ちに終始」して来たと/のたまわせられる/しかも神様の名において!/そして「疑問に思ふなら/いつでも句集」を進呈してやらうとまでも。/有難い仕合せながら/あなたの芭蕉みたいな口まねや/みみずの様な卑俗な笑ひや/アナキズムやファッショの生かじりの諷刺や/穿ちのおけらレアリズムでは/もはやわれわれの/現実地盤は掘り下げられないほどに/固く凍りついてゐる。

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投稿者:木村哲也2005/2/5 10:35

われわれがもしあなたの忠実な使徒であったら/われわれが「古川柳の知識」を欠いてゐたり/「既成川柳だって満足につくれない」ことを/ほめ言葉の花環で飾られたであらうに/あゝ何たる不幸なことか/いまは「馬鹿」呼ばわりされねばならぬ/われわれは神様の御感にあづかるために/いまさら古川柳の虫喰ひ本の中に沈没し/既成川柳の卑俗な泥遊びのイロハを学ぶために/時間と精力を浪費せねばならぬのか/一句一句が辞世吟だといふ/芭蕉様にあやかって/「いつ[圏点二文字]、どこで[圏点三文字]、どんな[圏点三文字]作品を批評されても/立派に答へ得る価値ある」ごとく/作品を吟味しておけといふ神様よ/「しどろもどろシドロモドロしどろもどろシドロモドロ[横組み十二文字]」/「人間はフンドシ神様はシメ縄です」/こうしたあなたの署名にかゝる最近の作品が/その卑俗さと愚劣さにおいて/トルストイに及ばぬ鶴彬をしのぎ/既成川柳をしのぐとか/思ひつかぬおろかなわれわれを/あわれみたまえ!/だがわれわれは/あなたに不敬を働くことを止めよう/何故ならば/すでにして川柳レアリズムを消化し切れず/汚いヘドを吐いたあなたのやくざな作品は/とくに神様の威厳と光明を失ひ/烏三平ではないが/「春山学院の生徒」的にまでおちぶれ/いやときには「芦原将軍」のつぶやきに似た/「しどろもどろシドロモドロ」な/文学の遊戯にまで堕落してゐるのだから――/わが川柳の神様よ/わが川柳の芦原将軍よ/左様なら!(完)/(附記 この一篇をもって木村半文錢への反駁にかへる。けだし半文錢は、吾々にとってもはや論争的対象ではあり得ず、こうした諷刺的な対象でしかなくなってゐるのがその重要な理由である。)

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投稿者:木村哲也2005/2/4 8:11
◇「4、時事吟の本質と適用性」「5、附記」

 時事吟についての批判を、鶴彬以外に向けてもやっている。日刊紙でなくては無理、月刊誌ではのろいし、「神殿にダブルベッドとホルモン剤」などは愚作だと。
 既成派の川柳でも、諷刺、可笑しみ、穿ち、という川柳の三要素は追放していると。
 トルストイを引用して、トルストイになった錯覚をするな、と。
 芭蕉は、一生吐き捨てた句は、どれも辞世句だと。

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投稿者:木村哲也2005/2/3 7:36
◇「3市場価値」

 短い章である。
 既成派の川柳人が作品頒布でいくばくか儲けているのだから、自分も、自分主導ではなかった作品頒布でお金をもらってもよいはずとしている。しかし、キャンセルには応じると。

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投稿者:木村哲也2005/2/2 8:28
◇「2、芸術性と通俗性」
 
 トルストイを鶴彬が買っているのはいいが、鶴彬自身がその境地に達していないとして、いくつかの句が引かれる。
 また、単純平明をよしとする鶴彬の立場も批判されている。最初から、ただの単純志向だと。
 こういうプロ川柳なら、攻撃すると。

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投稿者:木村哲也2005/2/1 10:36
◇木村半文銭「答礼に対する答礼」

 昭和12年2月。
 「鶴彬君にこれを贈る」と副題がある。
 4章に分かれている。
 「1 思想第一、川柳第二」の冒頭から、非合理主義的なゴリ押しの人物とされている。
 表題の半文銭の主張を否定し、強弁したからだと。
 森田一二でも認めたその主張なのだからだ、というわけである。しかも、鶴彬の中での自家撞着もあるようだ、としている。
 まずはここまで。

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posted by Jiken at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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