2006年05月19日

2004/11/30〜21(開始)

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投稿者:二健@tengu2004/11/30 1:39
◇念のため

キムテツさんの言う「俳句ライブ」とは、先達の五島瑛巳氏の「俳句ライブ」ではなく、もののふの会の「独演!俳句ライブ」(略称「俳ラ」)のことです。誤解なきよう。そういえば、「俳ラ」のギネマ、三亀、二健の自由律俳句と似てますね。

  涸れた乳房から飢饉を吸ふてゐる   鶴彬
  葡萄吸ふ弟のやうな睫毛して   櫂未知子

何か共通してますね。悲愴の程度は雲泥の差ですが実感がこもります。母体というキャンバスで戦争と平和が描かれたようです。「葡萄吸ふ 未知子」をGoogleで検索したら、たった一つ、自分のHPの頁だけが引っかかりました。

http://www.ne.jp/asahi/hai/ten/

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投稿者:木村哲也2004/11/30 1:01
◇続・俳句ライブふう川柳

人、街にうごめく蟻となる哀れ
干鰯の如く民衆眼を貫かれ
多角形農業/多角形で貧乏になる
涸れた乳房から飢饉を吸ふてゐる
一粒もとれぬに年貢五割引!
みのらぬ稲を自転車で見にきやがる
もう売るものがなく組合旗だけ残り
サナトリウムなど知らぬ長屋の結核菌
死なないといふだけの餌でつぶされる日が迫り
産み疲れて死んでやれ飼主めひぼしにならう
をんどりのゐない街へ貞操捨て売りに出てあぶれる

 昭和時代編。大正時代編同様、新版全集新収録以外からも採った。

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投稿者:木村哲也2004/11/29 19:06
◇俳句ライブふう川柳

赤とんぼにも生命(いのち)があります
この大地この人の群この太陽
便所から出て来た孔雀のよな女
波、波、波、女、獣めく
海の蒼さは太陽の認識不足だ
みゝずのた打てどコンクリ固い

 以上、あまり根拠なく、大正時代編から。

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投稿者:木村哲也2004/11/29 18:34
◇小説「砂漠の花」平林たい子

 に、モデルが鶴彬という登場人物あり、という情報が、新版全集から得られた。さっそく手配。

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投稿者:木村哲也2004/11/29 8:45
◇『現代川柳の荒野』

 佐藤岳俊が新葉館から、2001年に刊行している。
 「鶴彬とその時代」「鶴彬と田中五呂八の墓碑銘」「鶴彬のリアリズムとその世界」の3章が見えるが、その前の、本の名と同じ章から、鶴彬が出始める。
 田辺聖子の小説『道頓堀の雨に別れて』や、東野大八『没法子北京』に、鶴彬が登場するという。
 (ちなみに「没法子」は中国語でメイファーズと読まれ、「仕方ない」という意味である)
 『昭和特高弾圧史』の中でも、鶴彬が採り上げられていると知ったのも、収穫だった。

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投稿者:木村哲也2004/11/28 1:25
◇『蒼空の人 井上信子』

 谷口絹枝が葉文館から、1998年に刊行している。
 井上剣花坊の夫人で、娘は鶴子。鶴彬のペンネームの由来とされる人である。
 五章あるうちの四章めが、「戦時下を生きる」で、鶴彬が頻出する。
 伝記なら、こういうサイドからのほうが、むしろ有益と痛感した。

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投稿者:木村哲也2004/11/27 14:34
◇ 類想句(笑)

糞(くそ)の上に陽(ひ)の七色や蠅の羽根

 大正15年6月22日「北国柳檀」。
 本年10月7日に「サムライブルース」で、二健さんが16年前の自作を引いていたのを、すぐに思い出した(^.^)

金銀の蠅が集まる野糞かな

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投稿者:木村哲也2004/11/26 11:14
◇句の変化

 昨日22時の紹介の句は、12月25日には、

 思ひ切り笑ったあとの空(むな)しさ

 となっている。
 そして、

足許を忘れて星を憧がれる (12/20)
足許を二人見詰めてあるく也(なり) (14、1/14)

 なども、同じ語で始まるだけで、事情は違うのかもしれないが、いろいろ想像するだけで、楽しい。

 さて、二健さん、UPに本当に感謝します。
 懐かしい。

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投稿者:二健2004/11/26 4:57
◇七両編成の「つるべん暴走機関車」完成!

お取り込み中失礼します。前代未聞の連続投稿魔の足跡を当HP「俳句天狗」にアップしました。二ヶ月間に渡った投稿を整理して、7頁物にまとめました。どなた様も無料ですから、どうぞご乗車下さい。運転士はキムテツさんで、車掌は二健です。途中で地震や台風や乗客の苦情などあり、大変な運行でした。 628

http://www.ne.jp/asahi/hai/ten/

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投稿者:木村哲也2004/11/25 22:04
◇全句索引作成中

思ひ切り笑ひたくなった我 (10/29)
思切り笑へなく成(なっ)た悲しい喜び (11/7)

 いずれも昭和3年の「北国柳壇」。
 この1週間ほどで何があったんでしょうね?

裏切りをしろと病気の子の寝顔  (昭11、3)
裏切りをしろと病気の妻の顔   (昭12、6)
裏切りの甲斐なく病気の妻が死に (同)

 句としてはいずれも平凡かもしれないが、何だか気になる。
 どうせ伝記にこだわるなら、こういうところも追求してほしい。
 しかし、澤地が言うように、「鶴彬その人の人生には空白部分が多く、しかも伝聞その他による事実無根の事柄が一人歩きをはじめている」らしい。
 個人的には、20歳代のころに比べれば、文学者の伝記にはこだわらず、書かれたものだけ追求するようになった。

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投稿者:木村哲也2004/11/25 17:54
◇昭和2年12月16日夕刊「北国柳壇」

社会面見入る大臣と泥棒と
解剖を契約された人の呼吸(いき)
投稿者:木村哲也2004/11/25 17:24◇「高松川柳研究会」記事より(昭和3年3月23日『北国新聞』夕刊)

搾られる生活白痴の子が殖る
灼熱の群衆、鉄の門を破り
干鰯の如く民衆眼を貫かれ

 最後の句は、多少手を入れた形で、翌月に『氷原』の載っている。
 類似句の取りまとめに、目下苦闘中。 

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投稿者:木村哲也2004/11/25 17:14
◇「反抗の生涯」――反戦の川柳家鶴彬

 『川柳こなゆき』に1961年8月から64年8月まで、12回にわたって断続的に連載された。
 1回が2ページ平均である。
 紙数のせいもあってか、川柳を創作年代に沿って、手際よく引用し、うまくまとまっている。
 たいまつ社版全集もなかったころだけに、なかなか読ませるものがある。

 さて、『川柳ジャーナル』1970年2月号から毎月12回連載の、佐藤による「鶴彬評論抄」は4〜10ページの、十分な紙幅での連載だ。

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投稿者:木村哲也2004/11/25 17:02
◇佐藤冬児

 「鶴彬の二つの詩と木村半文銭」が、『川柳しなの』1966年6月号に、表題の佐藤によって発表されている。
 「阪井久良岐」「川柳の神様のヘド」の2編がまるまる引用されている。
 後者は4ページ半に及び、9ページ弱の記事の半分以上だ。
 よくあることだから(?)、そのこと自体はかまわないが、記事の最後の部分がむしろ印象に残った。

 「私はこの資料不足の段階では、この二つの詩についても、またその他の諸作品についても、これ以上の自己の拙い推測や解釈を加えることに、何か危惧を感じないわけにはいかないので、いまは遺作品それ自他に語らせる紹介的なところで止めたいと思っている。」

 他で、長い作品引用をしている人の意図は不明だが、佐藤は鶴彬について述べている人たちの中では、優れて印象がよい。

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投稿者:木村哲也2004/11/25 14:47
◇昭和2年11月25日「北国柳壇」

都会から帰る女工と見れば病む
高く積む資本に迫る蟻となれ
マルクスの銅像の立つ日は何時(いつ)ぞ

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投稿者:木村哲也2004/11/24 0:51
◇多くの誤謬

 鶴彬の「俳句性と川柳性」を皮切りに、新旧の全集の校訂を始めてみた。
 11月21日の、本ブログ初回での、澤地が言う「異同」を、興味深く見た。
 仮名遣い、記号類の処理は大目に見るとしても、やはり文意にかかわる書き写し違いが目につく。
 たいまつ社版では、ガリ版との合わせだけで、初出誌との照合までは手が回らなかったのだろうか。
 あえて、例示する。

 「川柳が低級下劣な詩をしかもっていないのは、[読点省略]きたない通俗の長屋[→長屋属]に住んでゐるためである[住んでいたのである]」

 これはやや極端な例だが、読点に関しては、うっかりというより、適宜、意図的に手を入れたかと見られる感じもするのが残念である。

 また、一叩人による註は、なくなっている。申しわけないが、場当たり的でもあり、仕方がないだろう。
 ガリ版での限界性も感じつつ、意欲は買うが、基本的には読み直しとなる。
 かえって理解を深められる、と、嫌みではないつもりで、あえて申し上げよう。

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投稿者:木村哲也2004/11/24 0:04
◇秋山の続き

 俳句性と川柳性について、秋山が先の引用で述べている後の部分から、ピックアップする。

 「反戦的な作品ばかりでなく、農民生活にかかわるもの、働く女工についてなど、川柳でのみ成立し得るものであろうことを鶴の作品は示している」
 「摑む対象もだが、摑み方におけるもっとも大きな相違が、俳句との間によこたわる」
 「これらの作品の底をつらぬきはしっているくろぐろとした怒りは、俳句の上では到底見ることができない。川柳でなければやれない仕事だ、と鶴の作品が語っているように思われる。リアリズムとか諷刺とかいうよりも、これが川柳だ、という言葉のほうが、これらの作品を前にしては、はるかに適切に響くようだ」
 「それ[=川柳と俳句]を截断するものは、俳句が文学芸術の方に傾斜しつづけ、川柳は文学であることを、そのはげしさとその俗っぽさをひっくるめて、生活に身をすりよせたところからわれわれに忘れさせる、この二つの行きちがう性格にある。この二つのものには歴史の歩みの中でそれぞれに獲得した伝統が秘められているはずだ。非芸術の文学、であることこそ川柳の誇りであり、侵されることのない特徴、性格の強靭さという気がしてくる」

 賛否も当然あろうが、一番、個人的には読みでがあるところだ。

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投稿者:木村哲也2004/11/23 22:53
◇『近代の漂白』秋山清、現代思潮社、1970年

 詩人で、鶴彬より少し年長の秋山の著作で、鶴彬の章が20ページほどある。
 面識もあったとか、だが、小生には関心がない。
 単なる伝記でなく、時代背景をうまく交えた記述が続くが、後半に至り、わが意を得た。
 つるべん当日に小生が配付した資料にもあるが、「俳句性と川柳性」についてふれている。少しずつ引用する。

 「川柳には、戦前戦後を通じて二つの解決すべき問題のまえに佇立することが、しばしばあるようだ。
 川柳は文学であり得るか?
 川柳と俳句の違いは?
という質問である。
 今日反戦平和をうたい、その敵を刺殺せんとする意欲を示す川柳作家たちもこの問題には容易に答えきっていないかにみえる。若くして死んだ鶴彬も、またこの問題をしばしば扱って苦闘した一人であった。ただ、彼は「俳句性と川柳性」のなかでこのようにいうことができた。

 [鶴彬の引用略]

 しかし、これでは何も、具体的に問題を解決したことにならない。あるいは、彼はこういいたかったのではあるまいか。
 「つくって見ればわかるじゃないか。そのちがいは――」
 新興俳句が社会的現実的な問題までをとりあげるようになり、人事諷刺詩としての川柳とその区別がわかりにくくなること、自由形の作品が双方に多くなったことを重ねると、もともと十七音によって立つ二つの詩形の区別はいっそうわかりにくくなるという懸念はあった。だが鶴彬の反戦川柳のようなものが、俳句でつくれるか、ということを、二つのジャンルの近寄りを否定する彼としてはふかく自負していたのではないか。説明不十分の彼の論文から私はそう推量する。」

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投稿者:木村哲也2004/11/23 18:44
◇やっぱり川柳(^.^)

 昭和2年5月6日夕刊「北国柳壇」
 川柳も、当ブログ掲載は、新版全集から。

働けど食へず盗んで縛られる
文明の地下室「貞操売買所」
夜の底鎮(しづみ)のはしに三味を弾く

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投稿者:木村哲也2004/11/23 18:40
◇「衰弱した四月の思想」

 昭和2年5月6日『北国新聞』朝刊

墓場のようにいんさんな
病(やまい)の床(とこ)をぬけて
らんまんたる太陽の希望を孕(はら)む
白砂(はくさ)の丘にねてゐると
ひさしく監禁されてゐた情慾が
一斉に瞳(ひとみ)をひらき
丘をのぼって来(く)る
まっしろな
らたいの女を
蒼い海の背影の前に
発見するのです
  ×
あゝ
四月の宇宙は紺碧にすみわたり
燕の黒点(こくてん)がほとばしり
人々は立体をくずして
街(まち)に
野に
海に
人生の火花をちらしてゐるのに
僕は人類の「明日」の問題を失念し
たた屍(しかばね)のように
くだらぬ夢精に
おびやかされる
あわれな痴呆症なんです
  ×
(ともすれば
一人のクロポトキンのかわりに
一人のナナを
崇拝しようとするのです)

※ 鶴彬の好きな人で、詩も好き、とはなかなかいかないだろうが、新版全集の詩は、なかなか佳作ぞろいと思う。

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投稿者:木村哲也2004/11/23 17:36
◇詩「因習の殻を破れ」

 昭和3年2月28日『北国新聞』朝刊。
 ちなみに、昭和2年3月に、「因習の殻を破る」という評論を書いていた。
 当ブログに掲げる詩は、新版全集新収録のみ。

貧しき同胞よ
虐げられる同胞よ
製糸所の繭の如く蒸留されてゐる
同胞よ
能く聞いて呉れ
共に煮られる一個のさなぎの叫びを
  ◇
君達よ
彼等は何故虐げるのか
君達を□用し、其の上×らんとするのか
俺達が同胞である如く、彼等も又
俺達と同じ動物ではないか
同胞ではないのか
それに何故?――
  ◇
解答は簡単だ
曰く、資力、資力に由って獲得したる
権利、地位、等々
人間の内的人格を除外したこれらの
有害無益な寄生虫に多寡、又は有無に
於ての差異から起るのだ
  ◇
封建制時代の因習打破を叫ぶ彼等は
一面に於て
彼等の唯一の武器たる因習を保続する事に
腐心狂奔してゐる
彼等は君達に服従を強ひ
君達は彼等に対して、常に悲痛なる
叛逆を持ちつつ
飢えるが為に屈従を余儀なくされる
決裂、闘争、飢餓、屈従
戦慄すべき不合理だ
痛々しい忍従だ
  ◇
彼等が獣類視してゐる
君達を創造して呉れた親
この人達も君達より以上に
虐げられ、×取され
苦しみ、悶えつ
堅牢無比なる彼等の城壁に対する
肉弾戦に疲れ果て
傷き、倒れ
最後の頼みなる
己が創造した第二の己に戦闘を譲り
無限の憤怒に血を吐き、死んで行った
人人よ
君達よ
思ひ出さないか
あの貴い人身御供の血を
君達が汗と脂で塗られた仕事着に
あの痛ましい霊魂をおくった通夜の夜を
  ◇
この貴い犠牲によって
与へられたる仕事に忠実な君達を
彼等は何といふか
罪悪の結晶の表象よ
浮浪者の子よ
主義者の子よ
前科者の子よ
馬鹿ものよ
が君達よ
親を恨むな
親は君達闘士の雄々しい争闘を
草葉の陰で見てゐるぞ
『親は我に不合理を訓へなかった』
ここ迄漕ぎつけて呉れ
戦闘は□は
彼等紙一枚の裏表にあるのだ


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投稿者:木村哲也2004/11/23 15:39
◇新収録自由詩

 「前期」には多少、未収録の自由詩があり、興味深い。
 昭和2年12月15日『北国新聞』朝刊。

 落ちる存葉を見た私

此の頃の私は 憂鬱のとりこだ
笑ふ時――それは僅かに
彼の女の顔を見る時だ。
それは淋しい――
彼の女の冷笑ではあったが――
  ××
去年の秋――私は
私の彼の女と知りました
彼の女は私を絶対な
不可抗力で引きつけた
凡ゆる媚態を餌に女は私を
歓喜の頂上迄引き上げた
盲目の私は貪るやうに
彼の女の唇に酔ひしれてゐた
  ××
けれども賽の目は意地悪でした
絶頂の塔の楽園の扉に達した時
ああ――それは余りに皮肉な
「開かずの扉」――でした
焦燥 怨こん 憤怒 呪叫――
――絶望した一個のむくろは
扉の中から 彼の女の
心地よげな 嘲笑を聞いた
  ××
せつな的な悦び 瞬間的な
幸福より次のせつ那に起り来る
焦慮――執着――憤怒――
苦悩――尽きる果なき
凡ゆる悩みは斯くして
私の生命を支配して行く
  ××
与へられたる
生命の連鎖 私は何処迄
引きづられて行く?
虚無――涅槃――おーそれらは
到底今の私には
信ずる能はぬ遼遠の境地だ
    一九二七・一二・四――

※ 「彼の女」で「彼女」と読むんでしょうね?

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投稿者:木村哲也2004/11/23 15:18
◇新収録川柳

 大正15年6月27日夕刊「北国柳壇」

恋(こい)覚めて過去の背中に夢を彫る
太陽の注射! 街(まち)、朝の蘇生
十字架を磨き疲れた果に死す

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投稿者:木村哲也2004/11/23 13:56
◇『鶴彬の軌跡』

 11月22日9時台にふれた本である。
 目次を引く。

 序
 一、生いたち
 二、成長期
 三、プロレタリア文学
 四、空白時代
 五、背を低くして
 六、しゃもの国
 七、終章
 ○鶴彬の自由詩
 附記
 あとがき

 以上のとおりである。
 序には、以下のようなくだりがある。

 「鶴彬に関しての資料をくまなく、この誌上で発表することは頁数の上からも無理だと思うので、やはり要領よく評論よりも「句」を中心に語って行かねばと思う」

 基本的に反対ではない。
 また、伝記を述べながら、句は太字にしているのも、別に反対ではない。
 しかし、第2章の途中で「僕らは何を為すべきや」が、3ページ以上にわたってまるまる引かれるのは、重要な評論ではあるが、100ページの本としては、それだけでやはりバランスが悪いと言わざるを得ないだろう。
 第3章でも、まるまるではないが、よく読めば、田中五呂八について鶴彬が述べているのをそのまま引いている部分が、まる1ページは続く。
 要点をピックアップしながら、にはなっているが、この章はほとんどこの調子で進んでいく。
 旧版全集が出た後だけに、旧版全集を読んでいれば、いささか物足りない、くらいには申していいだろう。
 第6章からは、句の引用が増えるからまあよいとも言える。
 「鶴彬の自由詩」の章は、作品の抄録と言うほうが、むしろふさわしい。

 こういう現状を見ればこそ、むしろ作品目録だけでも完備させるとか、むやみに引用するのではなく、「単なる作品集」を独自に編集するほうが、むしろ愛好者の義務ではないのかと、あえて苦言を呈したい。

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投稿者:木村哲也2004/11/23 12:57
◇『雪と炎のうた』

 たいまつ社から、旧版全集の前に出されている。
 全集が出る前にしては、よく資料に目配りされている。前述と同じ著者がそれ以前に書いたとは思いにくいほどだ。
 旧版全集の編者、一叩人(いっこうじん)の名前の由来が示されている。「命」という字を分解したものだと。
 「聡」という方を、サムライのマスターは「耳公心」(じこうしん)と呼んでいたのを、図らずも思い出した。
 ガリ版全集を出した際の苦労話も読んだ。
 それがあったから、今へとつながっているわけだが、きちんと批評もしなくてはなるまい。
←|26|27
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投稿者:木村哲也2004/11/23 10:55
◇『井上剣花坊・鶴彬――川柳革新の旗手たち』坂本幸四郎、リブロポート、1990年

 『雪と炎のうた 田中五郎八と鶴彬』が同じ著者によって1977年に刊行されている。
 函館出身で、大学は青函連絡船の船員という。生きておられると80歳だ。函館市内の住所が見え、函館の国立大学に寄贈されている。

 さて、表題の作、時代背景や、伝記的事実はよく押さえてはある。小生には学ぶべきことがたくさんある。
 しかし、サイズに比べて、詩の引用が長く、それではむしろあとがきにある、「肉声を伝えたいと思う」気持ちが十分には伝わっていないようにも思う。誤解のないように申せば、詩がおもしろくない、と言っているのではないつもりだが。
 川柳作品、評論の子細を、省かれては困るのだ。 新版の全集のない時代でも、もっとできたことがあるはず、と、失礼なことを思わず思ってしまう。

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投稿者:木村哲也2004/11/23 10:39
◇詩「健全なる哀愁」

 大正15年1月7日『北国新聞』朝刊投稿。
 たいまつ社版では、参考資料扱い。
 以前の投稿しに比べて、洗練されてきた。

白々と
肺病患者の頭の如くひややかに
さへたる
まんまるな月の凝視に
今 安静に くるまれて息をつく
骸骨のあばら骨にも似たる

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投稿者:木村哲也2004/11/23 0:13
◇たいまつ社版未収録川柳から

昭和10年7月 もがれた片腕

腕をもぐ機械だ! 手当も決めてある
血みどろのうらみをつかむ、もがれた腕の指
スカップがふえた工場のすすけむり
裏切りの甲斐なく病気の妻が死に
血へど喀くまでの模範女工であった
はねられた献金だけを飢えてゐる
「職工入ルベカラズ!」重役の糞たれるとこ
息づまる煙りの下の結核デー
ヨロケが待ってる勤続の表彰状

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投稿者:木村哲也2004/11/22 9:28
◇全集以外

 にも資料があり、最近出た、サムライにもある単行本以外でも、たいまつ社版全集でふれているもののほとんどは、つるべん終了以降にコピーを入手した。
 これらの情報を新版では落としているが、なぜだろう。略年譜を落としたのは、むしろ見識を感じるが。しかし、索引のなくなっているのには、言及がなかった。
 なお言えば、例えば、『鶴彬の軌跡』岡田一と(文藝集団、1981)という、100ページ弱の冊子を、最近、金沢の古本屋から購入したが、長い評論等のまるまるの引用、というのには目をむいた。
 著作権云々でなく、そんなスペースと労力があったら、交通整理や分析をしていただきたい、と申すのは、おかしなことではあるまい。
 おかげで(?)小生の出番、というところである。
 『川柳ジャーナル』連載の、佐藤冬児「鶴彬評論抄」は、先の冊子よりはよい。
 今回のつるべんでは、そういうものにも言及することにする。

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投稿者:木村哲也2004/11/21 23:53
◇↓は

 二健さんが「俳の細道」紹介してくれている、『文芸春秋』平成10年10月号、澤地久枝「鶴彬全仕事」にも収録されていて、そこで二健さんがふれていた(2003年2月10日)。

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投稿者:木村哲也2004/11/21 23:37
◇初投稿作品

静な夜口笛の消え去る淋しさ
燐寸(マッチ)の棒の燃焼にも似た生命(いのち)
皺に宿る淋しい影よ母よ

 大正13年10月25日『北国新聞』夕刊「北国俳壇」(高松)喜多一児

 当時15歳。
 さて、たいまつ社版では、参考資料収録分でも大正15年からである。
 後に雑誌発表するものもあるが、ともあれ、約2年分、若き日の習作がある。適宜紹介したい。

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投稿者:木村哲也2004/11/21 23:20
◇「サムライ」

 昭和12年3月29日発行『短歌評論』第5巻第4号所収の詩。たいまつ社版でも、挿入の補遺にあったが、つるべんでは未紹介。あえて全編を掲げる。

――西龍夫におくる――

食ふか食はれるか
やけ半分の大安売りのビラ
旗鳴物入りで
まきあるく

二年もかかって
ラッパを吹くことをおぼえてきて
いまは紙芝居屋となり
軍事劇のラッパ吹きならす。

サムライに転向すれば
きっと食ひはぐれはないとは
失業にあえぐ
年若いともよ!

「軍事予算がぼう大すぎる」――
昂奮する代議士の背後
機関銃のやうに
ふてぶてしく黙殺する
大臣。

昔から
細々とつづく
労働者農民の血
最後の一滴まで
[伏字]まふといふ。

註・「サムライ」とはここでは兵士の意。「二年」は当時の兵役義務年限。

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投稿者:木村哲也2004/11/21 23:10
◇獄中作新発見

復活のつもりで入れる火消壺
解剖の胡蝶の翅に散る花粉
いずれ死ぬ身を壁に寄せかける
鉄骨の伸びる打鋲の遠ひびき
恩給のつく頃部長の粉煙草

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投稿者:木村哲也2004/11/21 9:32
◇再び「つるべん」!

 当ブログで読み漁り中の、筑紫磐井さんの本を入手すべく、ネットで検索中に、『鶴彬全集』1998年の増補改訂復刻版を入手。澤地久枝の自費出版。
 うれしかったのは確かだが、心境複雑。
 目次を見るや、レイアウトの違いばかりでなく、分量が違う。
 それは、澤地の、率直な(?)感想を引くのがいいだろう。

 「たいまつ社版全集を土台にして編集をすすめていた日、わたしは原本の正確さについて疑いをもたなかった。
 校正作業がはじまり、『氷原』の紙面とのつきあわせをしたとき、愕然とした。多少の活字の組み落しや誤植はまぬかれがたいものとしてある。しかし、「自信」が「自身」に「理性」が「思想」になっているのはまだいい方だった。文意が伝わらず、鶴彬の悪文とさえ思った文章では、たとえば「愚者」が「患者」に変えられ、二百字以上の文章の脱落があるなど、逆の文意を生んでもいた。それは、舌足らずな若い評論、本来の文章とは似て非なるものを後世にのこす結果を招いている。真っ赤になったゲラを前に、鶴彬を痛ましく思う思いが身をつらぬいていた。」

 前の編者である一叩人(いっこうじん)が、あつめた原典をガリ版で写した功績を否定するものではないし、それをそのまま(?)活字にしたたいまつ社の功績もまた否定するものではない。
 しかし、つるべんを一冊にまとめようとして、全句索引がさしあたり完成した小生には、全面的な見直しを迫られることになった。
 新版を入手できないままに、旧版だけでまとめないでよかった、と胸をなでおろしながら、評論も新たに加わっているので、ひとまず(?)読書日記を再開したい。

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